地方の若者の地元志向が強まっている。そんな声をよく聞くようになった。いったい、何が起こっているのか。例年、県外就職者が多い青森県を歩き、その謎を追った。

自宅から通える範囲に限定する採用区分を新設

青森県を中心に東北6県でホームセンターなどを111店舗を展開する「サンデー」(青森県八戸市)は昨年、新しい社員区分を設けた。勤務範囲に制限のない「ナショナル社員」、就業する店舗の県内異動がある「リージョナル社員」に加え、就業場所を自宅から通える範囲に限定する「ローカル社員」を創設。同社人事教育部の谷村秀人・人材開発課長は、こう話す。

「転勤は敬遠され、実家から通える範囲で働きたいという高校生が増え、それに応じる形で新たな区分を創設しました」

同社は積極的な新卒高卒採用を続け、今春は24人が入社した。入社時の区分はナショナル社員だが、入社後3年間は自宅近隣店舗での勤務となる。それでも、すでに4人がローカル社員への移行を希望しているという。

東北を中心に店舗展開するサンデー

東北を中心に店舗展開するサンデー。入社後はマンツーマンで先輩が丁寧に教育するなどし、早期離職者はほとんど出ない

若者たちの地元志向が強まっている。そんな声を、学校や企業から聞く機会が増えた。 実際、県外就職率(就職者のうち県外に就職した割合)はコロナ前の2019年3月卒では全体の19.4%(3万5985人)だったが、2021年3月卒では18.1%(2万8781人)に減少。県外就職者の多い東北、九州地区では3%以上の落ち込みが目立つ。

県外就職・就職者率

地元企業の求人が活発。円安による製造業の国内回帰

いったい、地方の高校生に何が起こっているのか。本誌は8月、2021年卒の県外就職率が20%を超える17県(埼玉県、神奈川県は除いた)の進路多様校979校を対象に、ファックスでのアンケート調査を実施。98校から回答を得た。

アンケート

「就職希望者の地元志向が強まっていると感じますか?」という問いに、過半の53.1%(52校)が「変わらない」と回答したが、「強く感じる」12.2%(12校)、「感じる」30.6%(30校)と、確かに地元志向の強まりを感じる声も多かった。 「強く感じる」、「感じる」と回答した人を対象にその理由を尋ねた結果が以下だ。

アンケート回答

コロナの影響とする回答が多数を占めたが、

「競争・刺激・挑戦よりも、安心・安全・安定を求める生徒が増えた」(島根県立浜田水産高校)

フリー記述では高校生の気質の変化に言及する回答もあった。目立ったのが地方の人手不足を理由に挙げる回答だ。

「地元企業の人手不足や従業員の高齢化で求人が活発であるから」(秋田県立湯沢湘北高校)
「地元の求人が多くある。生徒が外に出たがらない」(岐阜県立坂下高校)
「就業人口の減少で地元志向が親子で強い」(佐賀県立佐賀工業高校)
「地元中小企業の高齢化と建設業の離職率が高く求人が多いから」(鹿児島県立頴娃高校)

コロナ下でサプライチェーン(供給網)の脆弱さが浮き彫りとなり、地方に新たな人材需要も生まれている。円安基調も後押しし、TDKが電気自動車(EV)に使う電子部品の新工場を岩手県北上市に設けるなど、基幹部品の国内生産を増やす企業が相次いでいる。 熊本では日の丸半導体の再起をかけ、日本政府も補助金をつぎ込み、半導体大手の台湾積体電路製造(TSMC)の工場を誘致した。地元ではすでに求人票が出回っているようだ。

熊本県の雇用創出コンサルタントの藪隆司さんは話す。

「工場の稼働が予定される2024年までは県外で働き、工場の稼働に合わせ、地元に戻ってくるという条件です。半導体の企業城下町としての発展が見込まれますが、地元の工業高校も今は様子見といった状況です」

息子は言った「わざわざ東京に行かない」

9月、現場の声を聞こうと青森県に向かった。冒頭のサンデーには、その時に立ち寄った。青森市内でふたりの息子を持つ自営業の男性(40代)に出会った。長男は地元の公立大学に進んだ。高校3年生になる次男は夏まで野球部の活動に専念し、ようやく二学期から進路に向き合い始めている。次男は、同じ部活の仲間が受験する専門学校に自分も行きたいという。県外への就職や進学となると、出費がかかる。親としては助かるが、同時にそれでいいのかという不安もある。

若い間に刺激のある都会での生活を経験してみてもいいのではないか―

そんな思いにもなるが、自分が高校生だった頃と比べ、息子は驚くほど都会への関心が薄い。東京に行けばオシャレな店がたくさんあって、青森では購入できないものがたくさんある。自分が10代の頃は東京に行きたかったと話をしたとき、息子は素っ気なくこう答えた。

「わざわざ東京に行かなくても、通販で何でも買える。交通費もかからないし、すぐに届く。実物が見られないというデメリットはあるけれど、そんなに残念に思ったことはないね」

確かに、県外に出なくとも娯楽には事欠かない。自分の若い頃と違い、娯楽は息子の手の中にある。家にいるときはスマホを手放さず、ユーチューブやゲームに夢中だ。男性は言う。

「コロナ以降、密のない地方の暮らしや、移住の話がマスコミ等で広く扱われるようになった。確かに地方には東京にはない楽しみがあります。身近に釣りやウインタースポーツなどのレジャーがあり、農業も若者に人気のようです。都会がカッコよくて田舎がダサいって考え方も、もう古いのかもしれません」

修学旅行にも行けなかった学年「外に目が向いていない」

県内の学校を回った。青森西高校の進路担当者は「コロナに関係なく、県内志向が強まっていると感じる」とし、その理由をこう話した。

「進学者の大半は奨学金を利用していますが、5年ほど前から奨学金の実態がメディア等で報じられるようになり、返済の大変さが伝わっています。県外に出ると下宿代など、学費以外の負担も大きい。経済的な理由で、地元志向が強まっています」

青森商業高校では今春卒の就職者のうち、県外就職者が10人を下回ったという。進路担当者はその背景について、

「今春卒の学生は修学旅行にも行けず、コロナ下で生活に制限を受けるなか、なかなか外に目が向かなかったのかもしれません。今年度は4月時点では県外就職希望者が多かったですが、実際に就職活動が始まると県内志望の学生が上回りました」
今春卒の生徒たち

今春卒の生徒たちは大半は県外に出るチャンスである修学旅行にも行けなかった

七戸高校(上北郡七戸町)進路指導部の山下友美教諭も、コロナ下で活動の制限を受けたことが、地元志向を強める一因になっていると感じている。

「高校3年生までは修学旅行に行けず、在学中に体育祭や文化祭などの行事をほとんど経験していません。仲間と関わる力や主体的に考える力が弱く、指示がないと動けない学生も多い」

生徒たちはスマホで無限の情報に触れられるようになっているが、決して視野が広がっているわけではない。保護者との距離の近さも相まって、縁故就職が増えていると山下教諭は話す。

「就職は近所で選ぼうとする傾向が強い。親の仕事はイメージがつきやすいのか、母親のパート先のスーパーで働きたいという生徒の希望を受け、勤務先の会社に求人票を出してもらうお願いをすることもありました」

両親を「パパ、ママ」。保護者面談に生徒も参加

都会への憧れの弱さ。コロナの影響。そして、内向きの背景に保護者の姿が見え隠れする。国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、「子ども1人の夫婦」の割合は1977年の11%から、2021年には19.7%まで増加。過干渉、過保護など、親子の距離の近さが指摘されることも増えた。 東奥学園高校単位制通信制課程の浅利京子進路指導部長は、ここ数年の変化をこう話す。

「10年ほど前までは、高校生ぐらいの年頃だと、親と一緒にいることの恥ずかしさみたいなものがあったように思います。両親をパパ、ママと呼び、保護者面談にも生徒がついてくるケースが増えました。進路に関して子どもが親の意向に沿うケースが増えているように感じます」

パチンコを中心に総合レジャー業として全国展開する「マルハン」(東京都千代田区)は、北海道・東北・北陸エリアで積極的な高卒採用を進めている。人材開発部採用課の山下直美課長は、生徒や学校はもちろん、保護者へのアプローチが必要だと感じている。

「家から通える場所で働きたいというニーズが強く、職場見学では保護者が反対しているから実家を離れられないという声を学生さんから多く聞きました」

マルハンでは、あらゆるサービス業の中でトップクラスのサービスを実現するというビジョンのもと、2017年からホール、カウンタースタッフの接客技術を評価する「マルハンサービスグランプリ」(MSG)を実施。従業員のモチベーションの向上などを目指している。間近の第5回大会で出場者3214人の頂点に立ったのが、青森県立板柳高校出身の舘山耕大さん(34歳)だった。

マルハン従業員

MSGの第五回大会で優勝した舘山さん

舘山さんは高校卒業後、東京都内の別のパチンコ店に就職。当時をこう振り返る。

「県内の求人は給料が安く、最初から東京で就職しようと考えていました。学校の先生も『給料のいいところを選べ』と背中を押してくれました」

都市部に出れば稼げるわけでもなくなった。デフレ下で生まれ育ち、それなりの品質のサービスやモノは手に入る。適度に快適で、向上心は強くない。失われた30年とも言われる経済停滞も、地元志向を強める一因となっているのだろう。